こんにちは!データサイエンティストの青木和也(https://twitter.com/kaizen_oni)です!
今回の記事では数理モデルの研究者が書いた1冊『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN』を読んで得た学びについて共有していきたいと思います!
本書の著者は江崎先生という『分析者のためのデータ解釈学入門』『データ可視化学入門』などで有名で、東京大学先端科学技術センターで数理モデルについて研究をしながらも会社も経営している、数学会のスーパーマンのような人物です。
そんな江崎先生が社会にルールを実装するときにどのようなことが起こるのか、どのような罠が潜んでいるのか、ルールが機能するためにどのような取り組みをすればいいのかなど、ルールについてあらゆる切り口から論じてくれている1冊になります。
これからルールを設定する立場になる方や、ルールを変える必要がある立場の方々必見の1冊です!
皆さんもぜひ、本記事で本書の良さを実感していただいて、気になった方は本書をご購入いただければと思います!
本書の概要
本書は、組織や社会の「ルールの法則性」に焦点を当て、「ルール作りの基礎教養」ともいうべき新しい概念(=ルールデザイン)を、独自の切り口(=数理モデル思考)から構築する一冊です。
江崎貴裕『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN』(ソシム株式会社/2024) P2
本書は、「ルール」というみなさんが日々生きる中で自然に溶け込んでいる概念について、ルールをデザインする立場に立って論ぜられている一冊です。
みなさんの身の周りにも以下のような様々なルールが存在しているのではないでしょうか?
- 勤め先の「就業規則」「インセンティブ設計」
- 家庭内の「決め事」「門限」
- プログラミング言語の「入力規則」「開発標準」
これらのルールはうまく機能することもあれば、想定外の結果をもたらすこともあります
- 「訪問件数」がノルマになっているので、成約する望みがなくてもひたすらにアポを入れまくる
- 家事の分担はあらかじめ決めていたので、妻が出張のうちに妻の担当の家事を一切しなかったら、出張から戻った妻にブチギレられた
- エラーなく実行できればいいとのことだったので、インデントも入れずコメントも入れないコードを納品したらPMにブチギレられた
なぜこのような失敗が起こってしまったのでしょうか?
企業は何をKPIとして設定すべきなのでしょうか?
家庭内での決め事は「出張の時は…」のようなイレギュラーまで最初から想定しなければいけないのでしょうか?
可読性の高いコードを書かなかったエンジニアが全て悪いのでしょうか?
そもそも可読性を無視してもそれなりに動いてしまうプログラミング言語を選択したのが悪い、ということはないのでしょうか?
上記の例のようなミスをしないためにはルールの失敗パターンや、ルールが個人に、集団に、社会にどのように作用するのかを考える必要があります。
そのようなルールについて知るべきことについて網羅的に記載されているのが本書になります。
本書の章立ては以下のとおりです。
- 第1章 ルールデザインの失敗学 -自明な失敗メカニズム
- ルールデザインの失敗について考える
- エビデンスの無いルール設定・介入:実は無意味なルール
- 機能的な欠陥:従うのが難しいルール
- ルールの不遵守・不定着:守ってもらえないルール
- 第2章 個人とルールデザイン -人間は「粒子」ではない
- インセンティブ設計の失敗:報酬が逆効果になるとき
- 罰則設計の失敗:罰則が無視されるとき
- 指標化による失敗:数字に踊らされるヒト
- 望ましい行動を補助する:上手な行動の促し方
- 第3章 集団とルールデザイン -グループから生じるメカニズム
- 集団と対立/協力:ルール遵守を阻む事情
- 群集心理的な行動:周りのことが気になるヒト
- 情報とグループダイナミクス:「想定外」の結末を防ぐために
- 第4章 社会とルールデザイン -モデル化の外の現象
- 環境が邪魔するルール:ルールの前提が変わる
- イノベーションとルールデザイン:世の中の変化に対応できない理由
- ルールの陳腐化と変え方:変わるニーズと変わらないルールの目的
- 第5章 人を活かすルールデザイン -制約条件としてのルール
- 制限のし過ぎ:ルール遵守のコストを考える
- 組織における制約のコントロール:マネジメントとルール
- クリエイティビティと制約:『緑の卵とハム』
- 第6章 人工知能とルールデザイン -AIと人の混合システム
- データ活用とルールデザイン:意思決定を代替するAI
- AIを埋め込んだルールデザイン:AIをルールデザインに役立てるには
- 社会のルールとAIのルール:AIにどうやってルールを守らせるのか
- 第7章 成功のためのルールデザイン -フィードバックのプロセス
- デザインにおけるフィードバック:ルールをうまく改善するには
- なぜ、ルールに「フィードバック」ができないのか:ルールの改善を阻害する要因
- 数理モデルとデータの解釈:どうやってルールを評価・設計すれば良いのか
- 適応的ルールデザイン:事前に決めておくべきこと
本書から得た学び
私が本書から得た学びは以下の3つです
- コントロールとしての報酬設計はNG
- ルールの想定外をいかに潰せるか
- 不正を行うことによる不確実なリスクをつくる
順を追って解説をしていきます
コントロールとしての報酬設計はNG
「今回のテストいい点数じゃん!よく頑張ったね!」
みなさんは学生の頃、両親にこのようなことを言われたことはないでしょうか?
一方で、次のように言われたことはないでしょうか?
「問題を1問解くごとに100円をあげるよ!」
このような細かい報酬設計をしている家庭はあまり多くないものと思われます。
前者は成果・努力について褒めているので、社会的報酬を与えているものと考えられ、内発的動機づけの一貫と考えても良いでしょう。
後者はお金によって特定の行動を促しているので、外発的動機づけと考えて良いでしょう。
それでは、どちらの動機づけの方が優れているのでしょうか?
その答えは、「状況による」というのが正解になるかと思われます。
例えば、本人が本当に不得意で、なおかつ将来的にもあまり使わない学問であり、問題をこなして提出することが重要な場合には後者のような外発的動機づけによって、強制的に課題を終わらせるのもありかもしれません。
一方で、本人が数学が好きで、数学の問題に対して「1問100円」のような外発的動機づけを喚起するのはどうでしょうか?
本書に記載されている実験研究の結論から考えると、本人の内発的動機づけ(=数学が好き)がある状態でコントロールとしての報酬を与えることは、本人のやる気を削ぐ結果になってしまうことがわかっています。
つまり、報酬が望ましい結果をもたらすかどうかを考える時には、「報酬を与える文脈」を慎重に考慮する必要があるのです。
ルールの想定外をいかに潰せるか
インドのある土地でコブラが発生していて、政府は困っていました。
そこで、政府はコブラの死骸を持ってきたものには報酬を与えることにしました。
さて、結果はどうなったか、みなさんはお分かりになるでしょうか?
正解は「コブラがめちゃくちゃ増えた」です。
なぜコブラは増えてしまったのでしょうか?
それは、コブラの死骸を持っていくと儲かるので、自分たちでコブラを育てて、その死骸を政府に持っていくものが次々に増えたからです。
本書では上記原因について、「インセンティブを与えた行動によって目的となる状態が達成させるまでのプロセスが確実ではない」ことが言及されています。
野生のコブラを駆除するためにインセンティブを設定したわけですが、「飼育したコブラの死骸を政府に持っていく」ことでもインセンティブの基準を満たしてしまうような設計になっていたのです。
このように、ある目的のためにルールを設定したものの、思いもよらぬ結果がもたらされてしまうことがあります。
これは「インセンティブ獲得条件の達成」=「目的の達成」となっていないことが原因です。
このような事態を防ぐためには、「そのインセンティブを設定したときに、本当に目的は達成されるのか?」「他の行動を喚起してしまわないか?」を慎重に考える必要があります。
不正を行うことによる不確実なリスクをつくる
Amazon配達員は、ダンボールに記載されたコードを読み込んで配送先の情報を取得しています。
一方で、一部のコードは商品の登録情報のエラーで読み取ることができないことがあるそうです。
通常はそのような商品は配達することができないのでアマゾン社に届けてもらう必要があるのですが、たまに商品の追跡ができないことをいいことに、荷物をくすねてしまうという事例が度々発生していました。
このような状況に対して、Amazonはある画期的な方法で悪質な配達者の炙り出しに成功しました。
その方法とはなんでしょう?
私は解決方法を聞いた時、「そんな方法があったのか!」と非常に驚嘆しました。
なぜなら、今までの人生で考えたことのない解決方法だったからです。
正解は、「コードを読み取るとエラーになるダミー荷物を一定数紛れ込ませる」です。
この解決策では、配送者が配送する荷物は次の3つに分類されることになります。
- コードが正常に読み取れる荷物
- コードが正常に読み取れないエラー荷物
- コードが正常に読み取れないダミー荷物
このうち、悪質配送者が盗む可能性があるのは「コードが正常に読み取れないエラー荷物」と「コードが正常に読み取れないダミー荷物」ですが、ダミー荷物はAmazonがわざと紛れ込ませているため、悪質配送者がAmazon社に荷物を返送しない場合、「あいつ、荷物くすねてね?」と悪質配送者を特定することができるようになります。
この方法の画期的なところは、従来の
- コードが正常に読み取れる荷物
- コードが正常に読み取れないエラー荷物
だけでは、悪質配送者を特定することのできる確率は0%ですが、ダミー荷物を紛れ込ませることによって、悪質配送者を特定することのできる確率が0%より大きくなったことになります。
つまり、悪質配送者にとっては、今までは100%安全だったのが、ダミー荷物の登場によって悪質配送者として特定されるリスクが発生したことになり、「絶対見つからない犯罪」は「ギャンブル」に変わってしまったことを意味します。
この方法のいいところは、良心的な仕事をしている配送者の負担は大きくは増えないことにあります。
例えば、ダミー荷物をエラー荷物の100分の1紛れ込ませたら、良心的な配送者の負担は1%分増えるだけですが、悪質配送者の悪意が暴かれる確率も1%ということになります。
このように、不正を検知するためには「すべてをチェックする」という負担を強いずとも、「1%チェックする」だけで不正を抑止する力になるのです。
まとめ
今回の記事では数理モデルの研究者が書いた1冊『数理モデル思考で紐解く RULE DESIGN』を読んで得た学びについて紹介させていただきました!
本記事で紹介した以外に、適切なルールデザインの方法論やルールの失敗の他事例、AIを使ったルールづくりなど、本記事の100倍以上の内容が本書には記載されているので、興味のある方はぜひ本書を手に取っていただけると幸いです!
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